2017/03/25

東松照明の戦後


ニューヨークの「the Japan Society」で写真家・東松照明(1930-2013)の作品展が開かれたのが2005年の秋で、ニューヨーク・タイムスがこれを高く評価した記事を載せた。戦後日本を代表するこの写真家が、なにを見つめ続けてきたのか。それは1930年に名古屋市に生まれ、思春期を戦火の元に過ごしたことと切り離すことはできないだろう。

東松の写真を見ていると、どこかしら喪失感がつきまとう。斜めになった水平線のうえに浮んだ雲を写した『波照間』(1971)にせよ、長崎を撮ったシリーズにせよ、あるいは他の作品においてもそれは同じだ。たとえば、長崎の原爆破壊と被爆者をドキュメントした写真集のなかに、112分をさしたまま凍りついたように静止した腕時計を写した『爆心地から約0.7kmの地点から掘り出された腕時計』(1961)には、本来ならば流れゆく時間があるときを境に凍結し、まるでその小さく精巧な機械のなかに封じ込めれているかのようだ。その姿は時の経過とともに希薄になり、消失していくという自然の流れに、あきらかに反している。

代表作は沖縄の基地や風俗を撮影した『太陽の鉛筆』(1975)は、アメリカに占領され、日本によって蹂躙されてきた沖縄の脱出を写し撮っている。東松は1969年に沖縄を訪れて以降、1970年代の前半を沖縄で過ごした。かつての『占領』シリーズの、あきらかに延長線上にあるものだ。ここにはこの写真家の、戦争を見つめ、国境を考え、文化と営みに寄り添ってきた強く、真摯なまなざしを感じる。

東松の写真には、強靭な理性と芳醇な肉体という相反する2つの要素が宿っているようだ。それを“一瞬”のなかに写しこみ、焼きこんでいるのが東松の写真で、そこには喪失と非喪失がせめぎあい、摩擦音を発するようなエネルギーがある。記憶がイメージに転換する瞬間の音なのかもしれない。

■写真集
  

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