2016/12/25

ブラヴォのメキシコ

メキシコを代表する写真家マヌエル・アルバレス・ブラヴォ(Manuel A'lvarez Bravo,1902-2002)が生まれたのは、首都メキシコシティの大聖堂の裏手だった。旧市街の中心部にあたり、かつては古代メキシコの神々を祭っていた場所で、いまなお発掘が行なわれたりしている地区だ。
一度この地を訪れたことがある。近くには大統領府があったりするのだが、大聖堂の裏手には小さな商店が軒を並べ、どこか荒涼としてこの国の血の熱さを感じさせる場所だ。

ブラヴォの写真はこうした風土をうまく汲みあげながら、同時に不思議な感覚をもった画面をつくりだすことに成功している。おそらくそれは、古代のマヤやアステカ文明を引き継ぐこの地の神秘的な空気がそれをしているのだろう。そこにはあきらかに、生と死が浮き彫りになっている。
ブラヴォの写真を見ていると、旧市街の狭い路地でシャレコウベの模造品をおもちゃにしながら無邪気に遊んでいた5、6歳の少女を思い出す。11月初めの「死者の日」と呼ばれる祝祭日のことだった。

さて、ブラヴォは若い頃、会計学を学び財務局に勤務しながら、文学・絵画・音楽に深い関心を寄せていった。やがて写真に興味を抱き、1924年に初めてカメラを購入。27年に写真家ティナ・モドッティと出会い、エドワード・ウエストンを紹介される。
ウェストンといえば米カリフォルニアでストレートフォトを標榜した写真集団「グループf/64」のメンバーだ。ティナはウェストンの愛人でもあり、そのころふたりは頻繁にメキシコを訪れていたという経緯がある。

その後、ブラヴォはシュルレアリスムの影響を受けながら、独自の作風をつくりあげていった。当時のメキシコはリベラやシケイロスが活躍した前衛の時代。ブラヴォはそのなかにあって、社会に眼を向け、悲しみと愛情をもってメキシコを写し続けた。(050704)


■関連本

・Manuel Alvarez Bravo: Photographs from the J. Paul Getty Museum
・Manuel Alvarez Bravo: Photopoetry
・Manuel Alvarez Bravo (Museum of Modern Art)

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