2015/12/15

サリー・マンと聖獣 2/2

(承前)
サリー・マンの撮影した写真の痛々しさ、壊れやすさ、美しさは、たしかにセクシュアルな感覚を刺激しないではない。作者自身の制作意図がどこにあったのかは、よくわからないが、身近な被写体を前に、ここまで徹底して妖精世界的な美を映しだした感覚には驚きを隠せない。


芸術かポルノかの論争よりも、まずはその写真を眺めていると、あるときはニンフとなり、小さな悪魔、野獣、小動物にも見える子供たちを突き放しつつ、表現の対象としたひとりの写真家の美意識を感じる。同時に、そこには人を撮る写真家に絶えずつきまとう被写体との心理的距離が微妙に立ち表れているようだ。

サリー・マンの写真は演出ではなく、かといってスナップでもない、きわめて稀な創作となっている。突き放しつつ、母と子であることの信頼がそこに影響していることは、おそらく間違いはないだろう。ただし、個人的に、サリー・マンが撮ったこれらの美しい写真を飾っておきたいという気にはなれない。それには、あまりに膠着性がありすぎる。

たしかに吸引力があり、毒があり、甘さがあるのだが、どうもそれが肌に粘りつくようで、それが肉親への愛情なのか、表現への欲望なのか、そのあたりはよくわからない。被写体との微妙な距離感は優れて評価すべきですが、なにか猥雑物がそのなかに混ざっていると、感じられる。倫理というより表現において、どこかストレートさに欠けるのでる。 (了)

■写真集

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