2015/09/15

小林基行と少女たち

小林基行 (Kobayashi Motoyuki,1963-) の写真集「青春 トーキョースクールガール」に写しだされた制服少女たちを見ていると、夢路か高畠華宵、あるいは中原淳一の描いた大正ロマンの少女たちを思い出す。無垢なようでいてあざとく、稚拙さと成熟がまるでスープのようにそのなかで入り混じり、この時期だけの魅力を形づくっているかのようだ。



この写真集は広告やファッションの世界で写真を撮り続けた小林が、制服を着た10代モデルや女優たちを撮影したものだ。夏服であるところが、なんとも軽やかすぎる印象だが、ただそれだけではないなにか、それは撮影者が意図しているのか否かは不明だが、一点の翳りが顔をのぞかせているように感じる。

そもそも少女を撮ること、あるいは描くことの密かな愉しみは、不可侵領域への侵入であり、そこにある意外な表情にふれることなのかもしれない。それは、広告写真家として小林が撮影した南の島の風景や花、人々などにも宿っているものだろう。まるで真っ青に晴れた夏空の、西の方にほんの少し見えている灰色の雲のように。

小林基行は本名を幹幸という。1963年生まれ。東京工芸術短期大学を卒業。 1992年には湾岸戦争の帰還兵とファッションモデルたちのドキュメントで Parco promising photographers」に選出される。その後、94年から4年間"、「IN NATURAL」誌の表紙巻頭を撮影した。

その写真には90年代以降の写真にあふれる淡い清潔感がある。世界と深く交わることを避けるような、どこか諦観しているような淡さだ。だが、そこに映しだされた人々は、それまでの人が血みどろになって格闘してきたかたちととは別のありようで、世界の矛盾に向き合っている。写真家は、それぞれに意識するしないに関わらず、その矛盾を写しとってきたのだろう。

最近は映像写真家としての活動も目立ち、近年は本名の幹幸で仕事をしている。その小林は2010年にYouTubeにアップした一連の映像がある。自らのポートフォリオをテーブルのうえで繰っていく映像であったり、やや実験的なプライベートムービーであったりする。その世界との関わり方の模索に、ぼくははすんなりと溶け込める。それは理屈というより感覚だ。


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