2014/11/15

ウォーカー・エヴァンスと社会

米国ミズーリ州セントルイス生まれの写真家ウォーカー・エヴァンス(Walker Evans, 1903-75) は、1926年にカレッジをドロップアウト。フランスに渡り、ソルボンヌ大学で文学の講義を受けながら、作家をめざすという文学青年だった。当時流行りの「ロスト・ジェネレーション」だ。

写真を始めたのは帰国後の1927年。当初は大胆な構図でアメリカの都市風景を切り取っていた。経済的栄華を誇った20年代のアメリカが、29年には株の大暴落を経験し、大恐慌時代へと突入する。
35-37年にかけてはFSA(農業安定局)の依頼で、エヴァンスを含む11人の写真家が極貧に喘ぐ農民の生活を撮影する。その撮影点数は27万点に及んだ。

エヴァンスは38年、ニューヨーク近代美術館で写真家として初めて回顧展を開催。その際のカタログが有名な『American Photographs,1938』だ。鮮明でストレートなその写真スタイルは、エヴァンスの乾いた視線のようなものを上手く引き出している。撮影の時期や場所を度返しし、ひとつの流れのもとに組み替えて提示した手法も斬新だった。

さて、ニューヨーク近代美術館は29年の設立当時から写真収集に熱心で、30年代は写真展もたびたび行っていた。その美術館での回顧展開催は、35歳のエヴァンスを興奮させたことだろう。エヴァンスの死後、93年に出版された『The Hungry Eye』の表紙には、奇妙な表情をした若い頃の写真が載せられている。横目でなにかを見ているという風情の肖像からは、なんらかの感情が宿っていそうだが、全体のイメージは冷ややかで懐疑的、どこか偏屈な人柄を感じさせる。

■写真集






0 件のコメント:

コメントを投稿