2014/08/15

ムンカッチ:ベルリンにて  2/3

(承前)
1933年、ニューヨーク州ロングアイランドの砂浜で、モデルの女性が高々と飛びあがり、その服が傘のように広がっている瞬間を捉えた写真がある。一瞬へのこだわりは、報道にせよモードにせよ、写真に課せられた宿命ともいえる。


ただし、ムンカッチが撮ったこの写真を見ていると、瞬間の造形的面白さは伝わってくるが、どこかモデルの動きにぎこちなさがあって、モード写真の瞬間へのこだわりとは異質なものを感じないではない。その意味では、1931年にアフリカのコンゴで撮影された一枚は、報道でありながら彼の造形的こだわりが発揮された写真だろう。タンガニーカ湖で撮影された『波に向かって走る3人の少年』と題されたその写真は
、子供たちの無邪気な喜びと、逆光のなかで影になったその黒い形が、どこか彼らの、そしてアフリカの国々の苦悩をも象徴しているかのようだ。

ムンカッチはハンガリー(現ルーマニア領)でユダヤ系の家族のもとに生まれた。もともとはムンカーチ・マールトン(Munkacsi Marton)といい、その姓はユダヤ語で「大理石」を意味していたという。貧しい境遇で、最初は見習いペンキ職人をしていたが、17歳でブダペストにでて7年間を地方誌などの記者として働く。その間に独学で写真を覚え、やがて記事や写真を独自に売るようになった。
1928年、32歳でベルリンに移り住むと、小型カメラを買い込んで、レース用の自動車やスポーツの競技者などを撮影。活動の幅を広げていった。新聞社と契約し、ヨーロッパ各地や中近東、さらにアフリカを取材し、その活動の場も広がっていく。ちょうど新聞がブームとなって発行部数を伸ばしていた時代のことだ。 (つづき)

■写真集


Martin Munkacsi(2006)
Martin Munkacsi(2011)
Martin Munkacsi - Vom Bildjournalismus Zur Modefotografie

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