2013/10/15

ハイディ・ブラドナー、事実と真実

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事実を伝えるか、真実を表現するか。
その問いを前にして、フォトジャーナリズムは“事実のなかにこそ真実がある”というシンプルな姿勢を貫く。
記録という客観性が強調される場合も、撮影者の主観に重きをおく場合も、ある事実に向けて焦点が絞りこまれていくことに変わりはない。ただしそこは、事実の背後にある課題と、表現の背後にある好奇心あるいは欲望が、つねに葛藤を繰り返している場でもある。


米アラスカのフェアバンクスに生まれたハイディ・ブラドナー (Heidi Bradner,1964-) の写真を見ていると、2つの歯車が彼女のなかで噛みあっているのを感じる。その写真に写っているのがアラスカ、ロシア、あるいは東欧にせよ、彼女の作品には厳しい寒さがベースにある。はじめに人間を拒むような過酷な自然があり、それでもなおその場所で暮らし、争い、助けあい、死んでゆく人々の姿を、彼女は撮影していく。ときに突き放し、しかし、たいていは彼女自身がまるで写真のなかの人々の一員であるかのようにして。

ブラドナーは米アラスカ州フェアバンクスに生まれ、アラスカ大学で歴史とジャーナリズムを学んだ。その後、地元紙ジュノー・エンパイアに入るが、翌90年にプラハへ行き、91年には崩壊するソビエトを撮影するなどいち早くフリーランスとして活動を始めた。
やがて彼女の関心は、チェルノブイリの原発事故、チェチェン紛争、さらにシベリアのイヌイットたちの暮らしへと向かう。現在はロンドンを拠点にしながら、ロシアの仲間たちの依頼でシベリアを流れる大河を記録するプロジェクトに参加。ベーリング海峡をはさんでシベリアやアラスカのドキュメントなどを行なっている。

国際的な活動を続けながら、立ち居地がブレないのは、彼女がツンドラの大地
にしっかりと足をつけていることを感じさせる。観察であり、参与であること。ジャーナリズムにとって両者のせめぎあいは、たえず負うべき宿痾のようなものだ。それが事実であり真実ということだろうか。

(2005年9月執筆)

■関連サイト
Heidi Bradner Photography

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