2013/01/15

島尾伸三の生活


島尾伸三(1948-)は小説家の父敏雄と母ミホのもとで神戸に生まれた。日常を書き続けた作家の、その血筋というものを伸三の写真にも感じざるをえない。それは血統がいいというような意味ではなく、生活を描くということが体得できているというようなことだ。その写真にはケレン味がなく、まるでお茶漬けかアジの干物でも食べているような気になる。
島尾は東京造形大学で写真を学び、その後現像所の営業をした。そのかたわら初の個展「China Town」を開く。75年のことだ。当時はコンポラ写真がもてはやされていたころで、島尾もその系譜としての位置づけにあったが、その名が知られていたわけではない。

78年やはり写真家の潮田登久子との間に娘真帆が生まれ、結婚。 妻子を被写体に日常生活を撮影し、あわせてエッセイを綴り始める。80年代からは妻と中国の町々を旅行した。その体験は『中華幻紀』『中国庶民生活図引』『香港市民生活見聞』などにまとめられている。写真集『中華幻紀』は見開きごとに写真とタイトルと短文が展開し、中国の都市が一定のリズムのもとに展開していき、それがなんとも心地よい体験をもたらしてくれる。

しかし、島尾が広く知られるようになったのは90年代以降だろう。プライベート・フォトが若者のあいだで新しく取り上げられるようになり、その過程で島尾にもスポットがあたってきた。かつてのコンポラ写真には写真表現のために日常を道具として用いるという面が多分にあったが、島尾はあくまで生活そのものが先にあってそれを写真に収めている。その感じが作品に滲んでいる。自然体のスタイルが90年代の時代感覚にそぐわしかった。

写真家本人がそれをどう捉えているのかは知るよしもないが、日常に根を張りながら作品をつくり続けるというのは、ある意味で理想的にも映る。その一方で、かつての私小説作家の苦悩や、あるいはダイアン・アーバスのような日常の歪みに目をむけ続けた写真家のような痛みも、そこからは匂ってはくる。


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