2012/08/01

ホンマタカシの風景

ホンマタカシ(1962-)1998年に写真集『TOKYO SUBURBIA 東京郊外』を出版し、木村木村伊兵衛賞を受賞した。そこで提示されているのは、文字通り東京の郊外空間を形づくっている均質で単調な景観であり、そこに暮らす子供たちの姿だ。ニュータウンの風景や子供たちの、表面的な美しさのなかに感じられるある種の居心地の悪さ。それがホンマ写真を特徴づけていた。


その居心地の悪さの理由を、彼の写真手法に求めることもできるだろう。4×5サイズの大型カメラでネガカラーによって撮影。これは建築工事の竣工時に、建設会社や設計事務所の要請によって撮影されるきわめて記録的要素の強いものだ。けっして、建築写真家と呼ばれる写真作家たちが、専門雑誌や写真集に作品として載せるために使う手法ではない。こうした手法は、モノクロ写真とはいえニュー・トポグラフィクスの写真家たちが用いたものです。1970年代に現れたそのスタイルを、飯沢耕太郎は地図製作のための測量写真を撮るようにして風景に対峙しているとしていう。
さらに、彼らとほぼ同じ時期に登場したニューカラーの写真家たちは、文字通りカラーフィルムを詰めこんで、地方都市などの光景を撮影。どこか投げやりな都市の相貌をじつに細かく写し撮った。でも、投げやりに見えて、じつによく計算されている。

ホンマはあきらかに彼らのエピゴーネンで、彼の狙いもまた、遠近感や奥行きを排除することで、すべてに焦点をあわせた距離感のない世界をつくることにあったのだろう。べったりとした平板な色調にもそれは現れている。
そこには、建築の本質や郊外の実存性に深く迫っていこうという姿勢は感じられない。むしろ、ある種のとりとめのなさが基調にあって、それが彼の捉えた郊外空間のイメージだということだ。
ホンマと同世代の人たちがさまざまな分野で郊外にこだわり、そこを出発点に仕事を始めたのは、興味深い現象だった。批判するでもなく、称揚するでもなく、ただ淡々と郊外空間に接する姿もまた共通点がある。そのなかにあって、ホンマ作品には表面をするすると滑っていける爽快感があって、なのにその爽快感のなかで、ふっと自分の居場所が脳裏をよぎることがある。不思議な感覚を味わわせてくれる。

郊外への視線は、90年代以降の経済低迷によって再び都市へと移り、そのまま崩れゆくものへと移ろっている。整然とした郊外にどこか崩壊の気配、さらにいえば彼岸的世界を見たものたちは、現代の崩壊をまるで予感していたかのように感じる。


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