2012/06/01

本城直季、真実のジオラマ 1/2


ジオラマの楽しさは、たとえそれが開放的な空間を模倣したものであっても、そこに漂うある種の閉鎖的感覚にあるのではないだろうか。閉じ込められることで、逆に想像力が膨らむ場合もある。
この感覚を助長するのが、その色彩や素材感がもつチープさだ。精巧でありながらミニチュアには限界があるのは当然で、ところが逆にそのチープさが想像力をかきたててくれる。


本城直季 (Honjo Naoki,1978-) の撮る写真は、ジオラマではない。実際の風景をミニチュアのジオラマのようにして撮影している。このジオラマのような実際の風景のなかには、建物や木々、クルマや人が模型のようにして捉えられている。本物の素材感はなく、それがこの空間の時間までも奪い去って、見る者をあらぬ世界に導くようなところがある。
それはすでに本城スタイルといっていいものだろう。

いまでは撮影キットも売られていて、このスタイルもかなり一般に広まっている。ドイツなどヨーロッパでは、本城以前にもこの手法で撮影を行なっている写真がいた。だれが最初かというルーツ探しは意味がなくはないが、やはりその手法でなにを表現するかを問うのが本質だろう。

本城直季作品を見ながら、私はなにか二重にねじれたものを自身のなかに感じるのだが、それが邪魔なわけではない。ここでいう“二重”とは開放性と閉鎖性、本物と偽者の関係だ。 (つづく)

small planet
TREASURE BOX

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