2012/03/15

ダイアン・アーバスの神経 2/3

(承前)
ポートレイトに求められるのは、被写体との距離感覚であり、ダイアン・アーバスの場合にはそれがじつに微妙だ。正面から、ずんずんと迫っていくように見えて、しかし、ほんとうのところは一定の距離を保ち、冷たく対象を見据えている。その距離感は、アーバスに影響を受けたという牛腸茂雄 (Shigeo Gocho, 1946-83) が、おそらくは生得的にか、もしくは胸椎カリエスのために負った身体的ハンディキャップゆえにもちえた感覚にかなり近いものがある。


アーバスは他者を志向し、なかでもそこに潜む“奇怪なもの”に自己の内面を投影し続けた。彼女にとってカメラは窓ではなく、鏡だったのだろう。それゆえに、彼女はけっして被写体の奥深くには足を踏み込もうとしなかった。にもかかわらず、自殺にいたった背景には、距離をとり続けるという過酷な戦いに、彼女の神経が耐えられなかったことがあるのかもしれない。

ダイアン・アーバスは1923年、ニューヨークの裕福なユダヤ人家庭に生まれた。18歳で結婚し、夫アランに写真の手ほどきを受ける。戦後、ふたりはコマーシャルやファッション写真の世界でキャリを開始し、やがてヴォーグ誌やグラマー誌で活躍するまでになった。

ダイアンは1957年にアランとは別に独立して仕事をするようになり、この頃にはすでにふたりの結婚生活はずたずたになっていた。結局、別居生活の末、69年に離婚。ダイアンが自殺するのはその2年後のことだ。
(つづく)

■ダイアン・アーバス写真集

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