2011/11/23

ヴォイナロヴィッチ:死 4

別れが訪れるのは、ヴォナロビッチがヒュージャーにであってから6年後。ヒュージャーはエイズで死んでしまう。その絶望の深さは、鬼気迫るような彼の作品から伝わってくる。


ヴォイナロヴィッチはヒュージャーの死を悼む作品として、『君のからだに手を置いたとき』(1990)を完成させた。いくつもの骸骨が横たわる埋葬地の発掘現場のモノクロ写真だ。ここに赤みの強いオレンジ色のテキストが重ねられている。きわめて緊張感の高い画面で、そこには深い闇が広がっている。さながらポル・ポト政権(クメール・ルージュ)がかつてカンボジアで行なった大量虐殺の現場、キリング・フィールドをみるかのようだ。

All these moments will be lost in time like tears in the rain.

テキストはこう締めくくられています。これは映画『ブレードランナー』(1982)の最後のシーンで、レプリカントを演じるルトガー・ハウアーがつぶやく台詞だ。雨のなか、強い輝きを発した生命が失われてゆく瞬間。そこには、常人には手にすることのできないような、強度のある切なさとでもいうべきものが漂っている。
「あらゆる瞬間は、この雨のなかの涙のように、時のなかに消えてゆく」
そして、ヴォイナロヴィッチは死の前年、1991年にセルフポートレイト『無題』を撮影する。セルフポートレイトというより、それはある種のデスマスクといってもいいだろう。目と鼻と口だけを残して、土のなかに埋もれている彼自身の顔が撮影した作品だ。そこからは乾いた抒情さえほとんど姿を消して、ただモノのように土に埋もれた彼自身の姿がある。 (了)

■関連本
David Wojnarowicz: 
  A Definitive History of Five or Six Years on the Lower East Side 

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