2011/10/02

渡辺眸の不思議な交信

女流写真家の草分け的存在である渡辺眸 (WtanabeHitomi,1939-) を知ったのは、東大全共闘を写した写真からだ。それは霧のなかからぼんやりと現れた群像で、機動隊によって連行される闘士たちの姿だった。どこかしら死地に向かう兵士のようで、整然と、静かに行進しているように見えた。

撮影時に霧がでていたわけではなく、これは当然焼き込みによって表現されたイメージではあるが、のちに文筆家の大竹昭子のインタビューを受けた渡辺はこう語っている。
「泣きながらシャッターを押したから、涙でファインダーが曇ってこんなふうになった」
この写真を見たときに感じたのは、ふだん塞がれている自身の感覚が開かれ、なにかの感覚と不思議な交信がなされるさまだ。彼女自身も、あの時代の、あの学生闘志たちの肉体に触れながら、そのエネルギーによってなにかが開かれたのかもしれない。

私があの写真から連想したのは、牛腸茂雄の写真集『SELF AND OTHERS』であり、雨の神宮外苑を行進する学徒出陣の映像だった。私自身のなかでどういう感覚が開かれていったのか、それはいまもってよくわからない。ただ、その後彼女がインドで撮影した猿の写真を見ても、あるいは自閉症の少年を採った写真を見ても、蓮の写真を見ても、やはりその感覚は私のなかに甦る。

東京に生まれた渡辺眸は、明治大学および東京綜合写真専門学校を卒業。70年代からインドに惹かれ、ブッダガヤに滞在して撮影する。写真集に『新宿コンテンポラリー』『東大全共闘』『天竺』『猿年紀』『ひらいて、Lotus』などがある。


■写真集

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