2011/09/19

チェコ前衛写真1

20世紀前半のチェコ(ボヘミア) はバウハウス(Bauhaus) の影響を強く受けている。たんに影響をうけたという以上に、陰翳深いかたちでそれを消化し、独特の前衛芸術を発展させていった。
背景には、1918年のチェコスロバキア独立に絡んで、少数派とはいえかなりの数にのぼるドイツ人に対して不平等な処遇をしてきたことがある。さらに、当時のチェコ前衛の芸術家たちがフランス志向であったこともひとつの要因だろう。多民族国家として成立したチェコスロバキアにとって、文化は新生国家の統一性を保つための要素であり、それを求めて自由と躍動の時期にあったといえるかもしれない。 (※ 写真/デザイン:Karel Teige

たとえば女性画家トワイヤン (Toyen) は20年代は半ばにパリへいき、シュルレアリスムの洗礼をうけて帰国。チェコの前衛芸術に重要な役割を果たした。その彼女と同い年の写真家がいる。1902年にプラハの南東に位置する町スミロフで生まれたヤロスラフ・レスレル(Jaroslav Rossler,1902-1990)がそうだ。さらに2歳年上には前衛芸術集団を立ち上げたカレル・タイゲ(Karel Teige,1900-1951)、そのひとまわり上にヤロミール・フンケ(Jaromir Funke,1896-1945)がいた。

19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパの写真家たちは、絵画的な表現をめざしたピクトリアリスム(pictorialism)に強く感化されていた。同時に、たんに様式や技法の問題ではなく、写真がいかにして芸術作品として存在しうるかを模索しようとして、ピクトリアリスムを乗り越える動きも生まれている。   (つづく)

■関連本
Karel Teige / 1900-1951: L'Enfant Terrible of the Czech Modernist Avant-Garde
Prispevky: Dopisy Smetanovy
Alphabet (Postcard Book)

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