2011/03/25

ポール・フスコ、悲しみの共有

ポール・フスコ(Paul Fusco,1930-)が撮った写真が思い出される。そこに現象している事実を否定したい気持ちは強いが、そうならないことを祈りつつ記憶を探っている。一連の写真は彼が2000年に撮影したもので、テーマはチェルノブイリだ。


フスコは米マサチューセッツ州の生まれで、20代前半に3年間軍隊生活を送った。所属は陸軍通信部で写真を撮るが仕事だった。その後、オハイオ大学でフォトジャーナリズムを専攻し、本格的に写真家の道を歩み始める。雑誌「ルック」の専属カメラマンとして全米各地を取材し、74年には写真集団マグナムの正会員となった。

この間に、彼は興味深い写真を撮っている。一連の写真に写しだされているのは、線路脇にたたずんで喪に服する人々の姿で、とてもエモーショナルなものを感じる。撮影は68年。ロバート・F・ケネディが暗殺されたあと、ニューヨークからワシントン,D.C までその遺体を列車で運んだときのものだ。フスコはその列車から線路脇に並ぶ人々を撮った。
そのエモーショナルなものが、チェルノブイリの写真にもにじんでいる。

素朴に故国を思うアメリカ人、大地とともに生きるロシア人。あるいはウクライナ人というべきか。とにかく場所も時間も異なるけれど、そこにあるのはたとえようもない悲しみだ。無力感をたたえながら、写真はそこにある。もはや起こってしまったこと、写真はそれを写しとる。その悲しさがときに見る人を突き動かすこともあるだろう。そう信じなければ、写真など撮り続けられないではないか。


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