2010/07/22

ボルツ、場所の美学とその後 3


ボルツの写真が大きく変化するのは『TOSHIBA』からだ。1989年、はじめて写真集をだしてから15年目のことだ。
それまでのボルツは、無味乾燥な土地を写し撮りながらも、その視線の背後には荒野への郷愁があった。それはおそらく開発によって深手を負ったアメリカの大地への慈しみであり、開発への疑問符でもあったはずだ。


ところが、TOSHIBAに至って、その視線からはトポスへの拘泥が取り払われる。そこにあるのは殺菌消毒されたハイ・テクノロジーの世界だ。塵ひとつない情報産業施設の室内風景は、人間的な感覚がはいりこむ余地がない。風景写真の極北として、人工的空間がある。

加藤典洋は「それは情緒の消去であり、芸術の消去であり、またモラルの消去でもある」とする。風景の終焉は、人間性への絶望でもあった。空間が再構成されていく裏側で不可視のシステムがそれを監視し、すべてを等価で無差別的な形式のもとに回収していこうとする風景。最初の写真集でボルツが語った「パンティーストッキングと大量殺傷兵器」の比喩が無気味によみがえる。

こうした無人格的な写真の胎動とともに、ボルツの90年代は始まった。ボルツは絶望しつつもそれを撮り続ける。いや、ボルツは終焉し、新しい風景が幕を開けたといえるかもしれない。ポスト・ヒューマン時代の風景写真。それは風景のサーボーグ化だ。90年代以降の写真家たちは、この絶望を乗り越え、なにかを見いだしつつあるのか。新しい動きは芽生えつつあるのだが。 (了)



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