2010/07/08

エルスケン、窓辺のアン

窓の写真に惹かれるが、窓辺の人というのもいい。はじめて見たときにもっとも衝撃を受けたのは、オランダ生まれの写真家エド・ファン・デア・エルスケン(Ed van der Elsken, 1925-90)がパリで撮った窓辺のアンだ。



若く美しいアンの顔が窓ガラスに映っているが、それは薄汚れ無数の雨滴が張りついて、まるで皮膚にできた発疹のようにも見える。膿んだ若者の暮らしやその気持ちを象徴しているようで、見る者をいくらか胸苦しくさせる。それはだれもが経験した、あの頃の切々とした思いのようなものがこみあげてくるからだろう。いまなおパリを訪れるたび私はこの写真の撮られた場所をぶらぶらと歩き回る。そうしていると、アンに出会えそうな気がする。

エルスケンは第2次世界大戦後、フリーのカメラマンとして活動をはじめる。やがてパリを訪れ、セーヌ左岸のサン・ジェルマン・デプレにたむろする無軌道な生き方の若者たちに惹かれる。彼自身がそのなかのひとりでもあった。貧乏で、希望もなく、倫理もない若さにまかせた生活。エルスケンは発表のあてどころか、その意思もなく彼らを撮った。ドラッグに溺れ、盗みをはたらき、いきあたりのセックスに酔う彼ら。50年前後のパリの青春群像だ。

やがて4年が過ぎた頃、ひとりのアメリカ人がギザルド通りの小さなホテルに彼を訪ねてきた。ニューヨーク近代美術館の写真部門の部長エドワード・スタイケン(Edward Steichen, 1879-1973)だった。スタイケンはエルスケンの写真を見て驚き、写真集の出版をすすめる。このとき写真はプリントさえされておらず、ベタ焼きがあったのみだという。

できあがった写真集「セーヌ左岸の恋」(Love on the Left Bank,1954)は注目を集め、エルスケンは瞬く間に著名な写真家となった。その後エルスケンはさまざまな地を旅する。57年にはコンゴを、59年から60年にかけて東京と香港を訪れている。

■関連書籍
セーヌ左岸の恋   エルスケン 巴里時代―1950‐1954

2 件のコメント:

  1. いつも楽しみにしております。
     エルスケンへの思い入れは大きく、投稿いたします。学生時代にプランタン銀座で写真展が開催され、イチバンに並んで彼からサインをもらった思い出があります。

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  2. degasdegasさん コメントありがとうございます。実際に会われたんですね。どんな感じだったのかなぁ。
    エルスケンのは日本で撮ったものとかもいいのがありますけど、このセーヌ左岸のものは、なんていうか、このときにしか撮れないような熱っぽさがありますよね。

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